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三島八小路

三島宿でみんなに親しまれ、その名が知れていた八つの小路や七つの石、七つの木。
江戸時代、箱根の関所を通るのにこれらをスラスラ言うことができれば三島人の証明となり通行手形を持たなくても通行することができたといわれています。

三島八小路(みしまやこうじ)

江戸時代に東海道、甲州街道、下田街道などの大路に対して愛称をつけて呼ばれた小路を総称して八小路といいます。

阿闍梨小路(あじゃりこうじ) 桜小路(さくらこうじ) 問屋小路(といやこうじ)
広小路ユニー前から国分寺へ行く南北の道のこと、国分寺の参道をいいます。「あじゃり」とは僧侶の称で、弟子に仏教を教授し、その規範となる師の意味です。 赤橋から桜川沿い浦島神社へ至る通りをいいます。
桜小路のかわりに問屋小路を八小路に数える説もあります。
三島田町駅を起点として北へ向かい、UFJ銀行を通過し、市役所中央町別館横を通り過ぎて赤橋の通りまでをいいます。江戸時代には現在の市役所別館の所に問屋場がありました。
上の小路(うえのこうじ) 下の小路(したのこうじ) 金谷小路(かなやこうじ)
桜川から甲州道へ抜ける弓状に湾曲した、心経寺前を通る小路のことをいいます。 上の小路の南側を平行に走っている小路のことです。桜川の中に三嶋大社の「米のとぎ石」が現存しています。 三嶋大社の東側、天神社の横を北へ向かう道と、三嶋大社の総門から東へ抜ける道の2説があります。この辺りに鋳物師が多く住んでいたことから金谷町と呼ばれていたため、「金谷小路」と呼ばれたのではないかと言われています。
細小路(ほそこうじ) 竹林寺小路(ちくりんじこうじ) 菅小路(すげこうじ)
三島暦で有名な河合家から西へ50mほど行ったところに北へ折れる道があり、ここを細小路といいます。 現在の三島市役所前から中央町商店街へ出る道のことをいいます。昔、この辺りに竹林寺というお寺があったことからこう呼ばれるようです。 間眠神社周辺には菅がたくさん生えており、菅笠がたくさん作られていたことから名づいたようです。しかし、どの道がそうであったのかは現在わかりません。※画像:間眠神社

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